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TAKESHI INUKAMI

滋賀県情報

2018.04.09

 

はじめて、でもどこか懐かしい

“非日常の体験” を祭りで味わう

 

「お多賀さん」の愛称で地元の人に親しまれ、

伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)・伊邪那美大神(いざなみのおおかみ)の

2つの「いのちの神」を祀る多賀大社。

鎌倉時代の古記録にも現れる多賀大社年間の最重儀である”古例大祭”について、

宮司の犬上 岳さんに、その歴史と意味を伺いました。

― 古例大祭について教えてください。

 

毎年春、この1年の農事がうまくいきますようにと願いを込めて祈ることが、古例大祭の元来の趣旨です。「馬頭人(ばとうにん)」と「御使殿(おつかいでん)」という祭の主役を旧犬上郡の中から選出し、40頭の馬と共に、500名規模の行列を成して町中を練り歩く、この町一番の盛大な祭りです。その規模は十万石の大名行列にも匹敵すると言われ、なかでも祭に登場する馬の頭数では全国一位を誇ります。当時の農業において馬は欠かせない存在で、祭の前日には川で身体をきれいに洗い流し、豪勢な餌を食べ、美しく着飾ります。馬にとってのハレの日でもあり、今でも別名「馬まつり」と言うほどです。

 

2台の神輿の担ぎ手は毎年60名にも上る。

 

― 祭の当日は県外からの来場者も多いのですか?

 

そうですね。毎年1万名ほどの来場があります。行列や馬の様子が珍しいようで、大変盛り上がり、賑やかな一日となります。一方で、祭に参加する地域の人は確実に減ってきています。かつては神輿を担ぐことが務めであり、喜びであるという認識が当り前にあったのですが、その認識や思いを受け継ぐことが難しくなってきており、「神様にお恵みを頂戴する」という、農耕民族としての切実さが希薄化してきていると感じます。

 

当日は子どもも装束を着て馬に乗り、行列に参加。

 

― 農耕儀礼としての祭が形骸化・風化してしまうおそれがあるのですね。その根本の原因は何なのでしょうか。

 

一人ひとりが自己に固執しすぎていることが問題なのではと思っています。「いのちは自分だけのもの」と考える人が、近年増えてきているように感じるのです。それによって少子化が進み、労働力と食糧は都会へ流出し、田舎は疲弊し……色々なところでひずみが出始めています。今まさに時代の転換期にあることは誰も否定しないけれど、ではどうしたらいいのか。そうやって迷っているのが、現代の私たちです。そんな時だからこそ、素直な気持ちで原初に帰るべきだと思います。それは「いのちは決して自分だけのものではなく、受け継いで、次代に引き継いでいくもの」という、古くからの農耕民族である日本人にとっての、自然ないのちのあり方に気がつくことです。そして、そのことを伝えるのが祭なのです。我々は、祭の充実・発展を通して伝統と文化を受け継ぎ、いのちの大切さを言い伝えていく使命を背負っていると考えています。

 

多賀大社の社殿。毎年述べ170万人が参拝に訪れる。

 

― 祭りの充実・発展のためには何が必要でしょうか?

 

頭で分からせるのではなく、とにかく参加してもらう。これに尽きます。馬も和装も、沿道に出て拍手を浴びることも、おそらく全てが初めてで非日常です。重い神輿をかつぐことはひたすらシンドい、でも何故か清々しく楽しい。そんな、理屈を超えた体験こそが必要だと思うのです。傍観するのではなく、輪の中に参加することでしか得られない体験は、どこか懐かしく、嬉しさを伴います。そんなという、普段と違う体験がきっかけとなり、生活レベルでの変化が起きると信じています。東京の人にも、ふと立ち止まって考える機会として、ぜひ本物の祭を体験してもらいたいですね。

■ PROFILE

 

犬上 岳(いぬかみ たけし)さん

多賀大社宮司

昭和23年生まれ。大学では神道を学び、33歳のときに多賀大社の権禰宜(ごんねぎ)として奉職。平成274月より宮司に就任、以後現職。

 

(撮影・山崎 純敬 / SHIGAgrapher)