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AYAO HORI

マーケット滋賀県情報

2018.05.09

 

未来に残したい、伝えたい、収穫の喜び

自然とともに生きる、米づくりの原点

 

滋賀県が県を挙げて推進する「魚のゆりかご水田プロジェクト」。

湖魚減少の危機を救うべく、県内各地の琵琶湖周辺の田んぼで取り組まれています。

今回はその一つ、野洲市須原で10年以上取り組みを続けている

「須原 魚のゆりかご水田協議会」会長の堀 彰男(ほり あやお)さんに、活動にかける思いを伺いました。

「魚のゆりかご水田」の取り組みに至るまでの経緯を教えてください。

 

もともと会社勤めだったのですが、地域の自治会長を務めるタイミングで退職し、本格的に農業を始めました。昔からの幼馴染7,8 名も会社員から農業へ移行し始めた頃で、滋賀県として「魚のゆりかご水田」を推進していたことも重なり、平成19年からこの取り組みを開始しました。私たち魚のゆりかご水田協議会は、1520 名ほどのメンバーで構成されており、日々の米づくりはもちろん、「生きもの観察会」や「農業体験」による都市住民との交流、学校・企業との連携など様々な活動を行っています。

 

 

活動10周年を記念してつくられたパンフレット。表紙の写真は「生きもの観察会」の様子。

 

―米づくりに加えて様々な活動に精力的に取り組まれる、そのモチベーションの源泉となっているものは何なのでしょうか?

 

時代の移り変わりの中で無くなりかけている価値観を取り戻したい、というのが大きいですね。私が子どもの頃は、雨が降ると嬉しくて。魚が田んぼに上がってくるから、それを捕まえて遊ぼうとか、そんなことが当たり前でした。そうやって限りなく近くにあった「自然」と「人の暮らし」が、農業生産性・効率化の名のもとに引き離されていった結果が現在です。それが当たり前になってしまっている子どもたちに、少しでも自然と共生することの素晴らしさを実感してほしい。そのために日々活動しています。最近では田んぼに魚が戻り始めていて、魚道(琵琶湖と田んぼをつなぐ水路)を泳ぐ魚が勢い良く飛び跳ねたりするんです。その生命力に心を打たれます。あとは若者が稲刈り体験で一生懸命稲を刈るその姿そういうものが、日々の私の原動力になっている気がします。それと、これは副次的なことですが、自分たちの活動や思いを知ってもらうために、収穫した米のうちの半分を直接販売するようにしていて、それにより多様な人たちとのつながりが生まれたことは大きな財産です。「田んぼのオーナー・サポーター」制度を通じて、県外へのネットワークも広がりました。

東京の高尾山で環境保全活動をされている代表者の方と知り合ったのですが、 その方のご紹介で、COP12 で私たちの取り組みを発表する機会をいただき、中国や韓国、台湾などから視察にいらっしゃることも増えてきました。活動を始めた頃は、ここまで広がりができるとは思っていませんでした。

 

 

 

魚のゆりかご水田米(真空パック)は、ここ滋賀でも販売中。

 

最後に、今後の展望を教えてください。

 

「魚のゆりかご水田米」は、特に琵琶湖の生態系の保全、すなわち「環境」に主眼を置いていますが、それを持続可能にするためには、「経済」との掛け合わせが絶対条件です。米を食べて、おいしさを実感して、そしてまた買っていただかないといけないのです。そのためにこれまでとは少し異なるアプローチで、農家民泊、グリーンツーリズムみたいなことをやってみたいですね。自然と共生する生活をよりリアルに体験していただき、そういう米づくりのあり方に共感していただきたいと思っています。色々なハードルはありますが、きっと近いうちに実現できる気がしています。

 

 

 

■ PROFILE

 

 

掘 彰男(ほり あやお)さん

須原 魚のゆりかご水田協議会・せせらぎの郷 会長

野洲市生まれ。58歳のときに会社勤めから転身し「魚のゆりかご水田」に取り組んで10年。

「農林水産大臣賞(平成23年)」「農業農村整備事業広報大賞(平成26年)」「環境大臣賞優秀賞(平成28年)」など受賞多数。

 

(撮影・山崎 純敬 / SHIGAgrapher)