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TAKAO KAWASAK I

滋賀県情報

2019.01.08

 

木珠が語りかけるほんとうの「幸せ」を求めて

 

かつて近江商人でにぎわい、いまも城下町のおもかげが残る近江八幡(おうみはちまん)。

高級な木材でつくられる数珠玉「木珠(もくじゅ)」の生産量で全国シェア70%を誇ります。

人々の興味関心が移りゆくなかで、現代の私たちにあった木珠のありかたを提案しつづける

株式会社カワサキの川﨑孝雄さんに、その取り組みをうかがいました。

 

 

―近江八幡の木珠生産の歴史はたいへん長いそうですね。

 

1400 年前に聖徳太子によって製造技法が伝えられたといわれています。江戸時代、仏教が庶民まで浸透すると生産は最盛期を迎え、ほとんどの念珠はここ近江八幡から近江商人によって全国に運ばれていました。ところが、徐々にわたしたちは念珠の完成品ではなく木珠の製造に徹するようになり、表舞台に出ることがなくなったのです。時代とともに17 軒あった木珠屋は3軒になりましたが、それでも全国で7割の生産量を誇ります。念珠の数にすると年間100万連となります。

 

昭和初期まで使われていた舞錐(まいぎり)。小中学生の職場体験などでは実際に使ってもらい、ものづくりの素晴らしさを伝える。

 

 

―昭和3年創業の御社の取り組みについて教えてください。

 

創業当時、木珠は聖徳太子の時代と同じ製法で作られていました。特殊なろくろで一粒ずつ削る製法です。しかし、それでは思うように量産できず、なかなか人々の手に念珠がいきわたらないということで、初代社長である祖父が機械化を図りました。本格的な大量生産ができるようになったのはコンピューターが導入された昭和60 年ごろのことです。ところが、バブル期にあらゆる製造業の生産拠点が中国へ移転するのをみて危機感をおぼえ、自分たちにしかできないものづくりをすることにしました。

 

 

琵琶湖産の真珠「琵琶パール」とのコラボも。

 

 

―それがオリジナルブランドの創設につながるのですね。

 

そうです。長年、製造に徹していたためにお客様からのお声をお聴きする機会がありませんでした。けれど、実際は珠の大きさや色の深みにこだわりをお持ちの方がたくさんいらっしゃることを知りました。そこで、世界中から集めた“樹の宝石”と呼ばれる稀少な木材で「高級木製念珠 半兵衛」と「レアウッドビーズBijoux- 美樹( びじゅ)- 」をおつくりすることにしたのです。そうしてご要望にお応えしていくうちに、お寺の柱や欄間などの古材で念珠をおつくりしたり、個人様では思い出のある庭木や鏡台などでブレスレットをおつくりしたりするなどの機会が増えてきました。

 

 

ラテン語で”生命を司る木”の意味をもつリグナムバイタ。磨くと緑色に輝く。

 

 

―木珠づくりを通して、今後どのようなことを目指していきたいですか。

 

念珠はすっかりお葬式道具のひとつという位置づけになってしまいました。けれど、この伝統が1400 年も続いてきたということは、人々の心のなかに仏の教えは今も脈々と受け継がれていると思うんです。聖徳太子が仏教を通して伝えたかったのは「幸せな生き方」です。ですから、わたしたちはお客様が「本当の幸せとはなにか」をもう一度考える“きっかけづくり”のために念珠やアクセサリーをつくっていると思っています。これからもお客様に寄り添い、共存共栄していける社会の創造を目指してまいります。

 

 

現在の木珠加工のようす。このあと美しく磨かれる。

 

■ PROFILE

 

 

川﨑 孝雄(かわさき たかお)さん

株式会社カワサキ 代表取締役

 

近江八幡で生まれ育ち、幼いころから木珠に接してきた。平成7年に祖父の代からの家業を継いで3代目となる。最近の趣味は正倉院展などの博物館・美術館巡りや寺社仏閣を訪ね歩くこと。

 

 

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撮影・山崎 純敬 / SHIGAgrapher

ライター・大山 真季