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AYAKA FUJITA

滋賀県情報

2019.12.08

4世紀半の時を経て、現代に蘇る幻の銘酒「百済寺樽」

 

聖徳太子により建立された近江最古級の寺院、釈迦山百済寺(しゃかさんひゃくさいじ)(東近江市)。

1000坊もあったという寺の敷地では「百済寺樽(ひゃくさいじたる)」という僧坊酒が造られていました。

しかし、1573年に織田信長の焼き討ちにあい、幻の酒となってしまいます。

「百済寺樽プロジェクト」を立ち上げ、復活に導いた藤田彩夏さんにお話を伺いました。

 

―なぜ、百済寺樽を復活しようと思ったのでしょうか。

 

百済寺樽は、室町時代に百済寺で仕込まれていた清酒です。当時、近江で清酒を造ることができたのは百済寺のみで、まさに繁栄の象徴でもありました。地域おこし協力隊として百済寺町へ来た私は、自分一人で地域を変えようとしていたことに気づくと、いつか住職から聞いた百済寺樽の話を思い出し、地域が力を合わせて百済寺樽を復活させれば、百済寺町にかつての賑わいを取り戻すことができるのではないかと住職に提案したのです。

 

 

百済寺の招き猫マーシャ。

 

 

―復活までの道のりはいかがでしたか。

 

住職をはじめ、地域の皆さんが一体となり支えてくださいました。プロジェクトが始まった年には酒米組合ができ、今では11人もの農家さんが酒米を生産してくださっています。酒造りは当時の文献が焼き討ちで残っておらず味も製法もわからないので、地域で愛飲されている喜多酒造さんに、私たちの思いを伝えてお願いしました。また、クラウドファンディングでオーナーを募集すると、大阪や神奈川からも日本酒ファンが集まり、お寺の修行や農作業などの体験プログラムが好評で、それが若手農家のモチベーションにもなっているようです。そして2018年1月、ついに現代の百済寺樽は完成しました。

 

 

「百済寺樽」の書は住職の筆によるもの。

 

 

―完成したとき、どのような気持ちでしたか。

 

緊張のあまり、新酒のお披露目会ではお酒の味がわからなかったほどです(笑)。しかし、お酒を飲んだ皆さんの笑顔を見たり、初めての一般販売で120本が30分で完売したりすると、ほっとしました。今や、百済寺樽は地域の伝統行事で御神酒として使われるなど、地域に愛されるお酒にもなり本当に良かったと思います。

 

 

見事な本坊庭園。オーナー向け体験プログラムでは、この庭を眺めて写経が行われた。オーナーのお申し込みは「百済寺樽プロジェクト」公式ウェブサイトへ。

 

 

―冬におすすめの楽しみ方はありますか?また、今後の展開についてもお聞かせください。

地元産の酒米玉栄のみで造られる百済寺樽は、純米酒ならではの深い味わいです。特にひと夏を越して秋に発売された「ひやおろし」は、ぬる燗で際立つ香りも楽しんでいただけます。現在は仕込みの季節。新酒もお楽しみに!今後は、室町時代の賑わいを町に取り戻すべく、私たちの思いを語ってくださる飲食店とのコラボを増やしていく予定です。オーナーも引き続き募集しています。都会で生まれ育った私はここへ来て初めて、何かあれば周りの人を頼りにできる安心感を知りました。こうした環境はどこにでもあるものではありません。より多くの方に百済寺の唯一無二の歴史や、寺社とともに歩んできた農村の自然と営みに、思いを馳せていただければ嬉しいです。

 

■ PROFILE

 

 

藤田 彩夏(ふじた あやか)さん

合同会社グリーンラボラトリー 代表社員

兵庫県伊丹市出身。小さい頃から農村での暮らしに憧れ、大学で農業について学ぶ。都市部で養蜂やマルシェの企画運営に携わっていたが、菜の花プロジェクトで知名度のあった東近江市に地域おこし協力隊として2016年に移住。任期が終了した2019年以降も活動を続ける。

 

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撮影・山崎 純敬 / SHIGAgrapher

ライター・大山 真季