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KEIZUI NAKAJIMA

滋賀県情報

2020.01.08

500年続く念仏

明智光秀ゆかりの西教寺に迫る

 

比叡山の麓、琵琶湖の南湖を望む高台に建つ天台真盛宗(てんだいしんせいしゅう)の総本山西教寺(さいきょうじ)。

「この世の極楽浄土のよう」と詠われた静かな”お念仏の寺”は、織田信長の家臣で

坂本城主の明智光秀の菩提寺でもあります。比叡山の焼き討ちにもあった

西教寺の歴史と、その復興に尽力した光秀の人物像について中島敬瑞さんに伺いました。

 

―西教寺の歴史について教えてください。

 

聖徳太子によって創建されたのち変遷を重ねながら、比叡山で天台の学問を究めた真盛上人によって1486 年に不断念仏の道場として再興され現在に至ります。不断念仏とは、毎日必ず念仏を唱えるという修行のひとつ。西教寺は真盛上人の入寺以来、数百年のあいだ念仏が一日も絶えない静かなお寺です。しかし、1571年に織田信長の比叡山焼き討ちで当寺も焼失。その翌年に坂本城主となった明智光秀は当寺を一族の菩提寺とし、仮本堂、総門、梵鐘を寄進するなどして寺と町の復興に尽力しました。

 

 

江戸時代中期に建てられた本堂。ご本尊は平安時代の阿弥陀如来像。ともに重要文化財。

 

 

―2020 年1月から、明智光秀を主人公とした大河ドラマが始まります。大河ドラマに期待することはありますか。

 

明智光秀の人柄を感じてほしいですね。本能寺の変で主君を討った逆賊のイメージが強い光秀ですが、今堅田(いまかたた)の合戦では亡くなった部下18 名の供養のために、身分を問わず平等に供養米を寄進したとの書状が残っていることから、実は大変几帳面で気遣いのできる人だったと考えられます。また、当時は御法度とされた妻の葬儀に参列するほどの愛妻家であったとも伝えられます。当寺ではこのほど、光秀の資料館を開設しました。さらに3月上旬には禅明坊光秀館も公開予定です。光秀も聞いたであろう念仏と鉦(かね)の音とともに、貴重な史料や総門、明智一族の墓を見るなどして光秀を感じていただければと思います。

 

 

宗祖大師殿唐門からは琵琶湖の南湖を一望できる。

 

 

―新年には「秘伝大根煮」をいただくこともできるそうですね。

 

昔から大根は食中毒になりにくい食材と言われており、一年の初めに食べると無病息災祈願になるとして一般の方にもお出ししています。西教寺の僧侶のあいだで受け継がれてきた秘伝の味です。ほかにも、2月中旬からは雛御膳、11月は坂本菊を使った菊御膳(2020 年は実施未定)など、お参りと合わせて季節のものをおいしく召し上がっていただきたい思いでお作りしています。

 

 

明智一族の墓。光秀の命日6月14日には毎年追善供養が行われる。

 

 

―寺院として今後も守りたいことはありますか。

 

守りたいのは、南無阿弥陀仏の念仏と鉦の音ですね。仏教は人の心の拠り所となり、命の尊さや人としてどう生きるかを考えさせてくれるものです。西教寺はそうした教えの原点にいつでも戻ることができる場でありたいです。また、ご本尊はもちろんのこと、境内の随所に施された彫刻や唐門から望む琵琶湖の美しさは、見る者の心を癒してくれます。普段の生活に疲れたときは、念仏が響く静かな環境で心をリセットしてみてはいかがでしょうか。

 

「身代わりの手白猿」伝説が残る西教寺には、境内のいたる所に愛らしい猿がいる。

 

■ PROFILE

 

 

中島 敬瑞(なかじま けいずい)さん

天台真盛宗総本山西教寺 社会部主事

西教寺境内の実成坊に生まれ育ち、実成坊住職および西教寺の広報を務める。「ご本尊の阿弥陀如来像を拝見するだけで心が洗われるようながします。心が病んでいると怒った顔に、心が豊かだと微笑んで見えますよ。」

 

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撮影・山崎 純敬 / SHIGAgrapher

ライター・大山 真季