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KENSUKE SAZAKI

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2020.08.14

ここで生きるということ。

「魚治(うおじ)・湖里庵(こりあん)」7代目当主、左嵜謙祐さんが苦境から得たもの

 

天明4年(1784年)創業の鮒ずし店「魚治」が営む、料亭「湖里庵」は、

“ここだけで味わうことのできる料理”で、多くの鮒ずしファンを魅了してきました。

ところが一昨年の台風で被災し建物が全壊。苦境をどのように乗り越えられたのか、

魚治・湖里庵7代目当主の左嵜謙祐さんに、再建にむけた2年間の歩みを伺いました。

 

― 2018年の台風21号では建物が全壊という甚大な被害にあわれました。再建にむけてどのように気持ちを切り替えることができたのでしょうか。

 

命の危険すら感じた台風でしたが、幸いにも鮒ずし蔵は無事で、湖里庵の名付け親でもある作家の遠藤周作先生が書いてくださった大切な掛け軸や、調理道具や皿なども無傷で運び出すことができました。駆けつけてくれた仲間たちとの会話も、平常心を取り戻す力になりました。母方の祖父からもらった言葉も大きかったと思います。祖父は水害の多い田んぼで米づくりをしていましたが、「“水害”というのは人間側からみたときの言い方。大変だが、田に栄養が入るから翌年は必ず豊作になる。物事を片側からだけ見てはいかんぞ」と。良いときも悪いときも受け止める、それが、ここに生きるということなのだと感じました。

 

古い町並みにたたずむ魚治の店舗

 

 

―台風から2年経ちますが、この間の取り組みについて教えてください。

 

新たな取り組みとしては、大津市にあるホテル「講 大津百町」での臨時出店があります。カウンター越しに接客しながら料理をすることは、初めての経験で戸惑いもありましたが、お客様の反応をダイレクトに感じたことで改良できた料理もあります。扱う素材やその背景について、直接お話しすることの意味も改めて感じました。40代に自分のスタイルを変えられる、このような機会に出会えたことは幸運だったと心から思います。

 

 

江戸時代の看板には「名産」の二文字が。琵琶湖の珍味として海津港から全国へ届けられた。

 

 

―湖里庵跡から江戸時代の石積みが出てきたそうですね。

 

はい。湖里庵の目の前は古くから栄えた海津港で、このあたりの湖岸は江戸時代の石積みで守られています。うちの石積みは、先代が子どもの頃にコンクリートで改修されたのですが、海津の自然と古き良き港町を愛した先代は、子どもの頃の石積みの風景に戻すことを望んでいました。長年その願いは叶いませんでしたが、台風で全壊した建物を取り除くと、床下に眠っていた古い石積みを取り出せることがわかり、先代からの夢をようやく実現することができたのです。

 

 

創業から伝わる蔵持ちの乳酸菌で、二冬かけてじっくり熟成する鮒ずし

 

 

―新しく生まれ変わる湖里庵で実現したいことはありますか。

これまでどおり、素材を調達する半径をできるだけ小さくしたいという思いに変わりはありません。料理は味付けだけでなく、同じ環境で育った素材を調理することも、おいしさの要素のひとつだと思うからです。そうした意味では、新しい湖里庵を、自分がいちばん自然体でいられる場所にすることもまた、お客様をおもてなしするうえで大切なことだと感じています。新生・湖里庵で表現できる日が楽しみです。

 

 

■ PROFILE

左嵜 謙祐(さざき けんすけ)さん

魚治・湖里庵当主

七代目治右衛門

天明4年(1784年)創業の鮒ずし店「魚治」に生まれ、京都の料亭で3年間の修業を経て家業に入る。「ぼくらの仕事は、菌のわずかな変化を感じとり”守り(もり)”をすること」。木桶の復活にも取り組む。休日はお気に入りのカヤックで琵琶湖に漕ぎ出す。

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撮影・山崎 純敬 / SHIGAgrapher

ライター・大山 真季 / ノギラボ