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TOKUO MORISHIMA

マーケット滋賀県情報

2020.10.16

滋賀の自然に育まれた近江牛と、

近江商人の歩み

 

日本三大和牛といえば、その一つに近江牛を思い浮かべる方も多いでしょう。

その歴史はとても古く、食通をも唸らせるおいしさには理由がありました。

近江商人として近江牛に代々携わり、現在は肥育から牛肉専門レストランまで手掛ける

森島商事株式会社の森嶋篤雄さんに、近江牛の歴史とおいしさへのこだわりを伺いました。

 

日本で食肉文化が浸透する前に、この地で良質な牛が育まれたのはなぜでしょうか。

 

明治初期、外国人の食肉文化のうわさを耳にした近江商人は、牛の肥育流通システムを構築しました。それは、この辺りで農耕に使われた但馬牛の老廃牛を二週間かけて東京まで曳行し、販売代金の一部と子牛を農家に返納、数年後に再び取引するというものでした。当時、ほかの産地ではまだ、牛にあぜ道の草を食べさせていた時代でしたが、ここ湖東平野は二毛作が盛んでしたので、農家は牛が貴重な収入源になることがわかると、餌に稲わらや麦・大豆・トウモロコシを混ぜて炊くなどし、優れた肥育技術を生み出していったのです。そうしたなか、明治22年に東海道線が開通。近江八幡から東京へ牛が大量に送られるようになると、そのおいしさは益々評判となり、近江牛の名声は不動のものになっていきました。東京にて毎年、何千頭もの牛を売ることができた大商人の存在もまた、良質な近江牛の生産を続けるうえで大きな意味があったと思います。

 

 

 

昭和29年、東京大宣伝会では近江牛が街頭や国会議事堂前をパレードするなどして注目を浴びた。

 

 

レストラン近江牛毛利志満では、自社牧場で肥育された牛肉を堪能することができますね。

 

はい。昭和30年代に農業の機械化が進むと、農耕牛は激減し、当社では自家牧場で牛を肥育するようになりました。近江牛に、素牛の産地や品種の決まりはありませんが、当牧場では高い品質を維持するために、兵庫県但馬牛の雌の血統にもこだわり、2年余りかけて育てています。あまり太らせすぎず、最適なタイミングで枝肉にすることで、赤身に旨味がのり、脂身も非常にあっさりした肉に仕上げています。そのおいしさについて料理人の間でよく語られるのは、調理したときの香りです。なかでも、すき焼きは芳醇な香りが漂います。しかし、長年こうしたおいしさを地元の方に知っていただく機会がなかったため、昭和53年に地元密着型の店舗を始めたという経緯があります。

 

牛肉本来の深い味わい、芳醇な香りを堪能できる近江牛。

 

 

今後注力したいことや、森嶋さんが感じる近江八幡の魅力をお教えください。

 

現在、私たちは新型コロナウイルス感染症による難局に直面していますが、これまでもBSE問題をはじめ数々の危機を乗り越えてきました。これからも牛に感謝する心を忘れず、100年先を見据えて近江牛という食文化を守ってまいります。そして、ここ近江八幡は、戦国時代や近江商人の歴史、ヴォーリズ建築、水郷と里山など、人々の暮らしの奥に隠れた古い歴史や文化を学ぶことができる町です。何度も訪れたくなるような奥深さで、皆さんのお越しを心よりお待ちしております。

 

 

清潔な厩舎で牛たちを手塩にかけて育てる。

 

 

■ PROFILE

 

森嶋 篤雄(もりしま とくお)さん

森島商事株式会社 代表取締役社長

明治12年に東京浅草で牛肉卸小売商・牛鍋屋「米久」を旗揚げし、日本の食肉流通の礎を築いた竹中久次・実弟の森嶋留蔵を祖にもつ。牛肉専門レストラン近江牛毛利志満を展開し、近江牛の振興に尽力。近江八幡観光物産協会会長としても活躍中。

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撮影・山崎 純敬 / SHIGAgrapher

ライター・大山 真季 / ノギラボ