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KAZUSHIGE IJIRI

滋賀県情報

2021.10.15

伝統工芸の未来を見すえて
従来の価値観にとらわれないものづくり

 

滋賀県の伝統的工芸品に指定されている「上丹生木彫(かみにゅう もくちょう)」。

米原市の山間部で江戸時代から受け継がれてきた木彫りの技です。

仏壇や社寺の建築物を手掛け隆盛した時代を経て、現代、いかに技と魅力を伝えるか―。

井尻彫刻所の井尻一茂さんは、現代の暮らしに寄り添う木彫品やサービスを展開しています。

 

―お住まいの米原市上丹生地域は、伝統工芸品を手掛ける職人が集中して暮らす、珍しい地域ですね。

 

上丹生は鈴鹿山脈の北端、山の谷間にある集落で、1.5km圏内に木彫師、錺金具師(かざりかなぐし)、塗師(ぬし)、木地師(きじし)など仏壇や神社仏閣の品に関わる職人が暮らしています。住居に併設して工房・作業所を設けているところが多く、道路沿いには看板が点々と並びます。
木彫に関しては、江戸末期にこの地の住民が京都で修行を積み技を持ち帰ったのがルーツとされ、現在集落内で15軒が従事、うちがその1軒。昭和10年に祖父が創業し、モチーフを写実的・立体的に彫る翠雲彫(すいうんぼり)という手法を確立させ、寺社仏閣や大阪のだんじり祭りのだんじりの彫刻を主に手掛けてきました。

 

依頼を受けて製作中の社名入り看板。表と裏両面から彫ることで躍動感が高まる。

 

 

―学生時代は家業を継ぐことは考えていなかったのだとか。

 

コンピューター関連の仕事に就きたくて名古屋の大学に進学したものの、ノミの音を聞いて育った環境が原点にあったからでしょうか、祖父が元気なうちに翠雲彫を習得したいとの思いを強め、卒業後実家に戻りました。
祖父が手掛ければ鳥はまさに飛び立つよう。自分がそれを真似ても飛びそうにもない。木の表側だけではなく裏側も彫ることで立体感を高めるのですが、彫る部分が多くなれば失敗が増えます。それが怖くて大胆になれないんですね。「60歳を過ぎてからいいものが作れる」とよく言われたのを覚えています。祖父が死去したのはその2年後。本当に貴重な時間だったと思います。

 

試作中のペット仏壇。家族同然の存在であることや、 現代の住宅事情などを考慮して、傍らに置けるサイズに。

 

 

―3代目としてどのように事業を展開させていますか。

 


仏壇や、社寺からの仕事がたくさんあった時代の職人さんの多くは、自分が習ってきたことや続いてきたことと違うことをするのをためらわれる。けれど僕らの時代はそれでは生き残っていけない。
新しいことや慣れないことにもトライすることで、伝統工芸の魅力を改めて知ってもらう機会を生み、また新たな試みへとつながっていきます。そのいちばんの契機となったのが、吉本興業からの依頼。「なんばグランド花月」に掲げる、芸人さんの名前を入れた看板を制作しました。名前の背景に米原の風景を透かし彫りを施したもの。デザインの時点でたいへん苦労しましたが、これをきっかけに表札や看板の依頼が急増しました。
また催事やイベントなどでの実演披露や、彫刻体験なども積極的に行っています。作り手の現場やその仕事を見てもらうことで「井尻さんの作ったものだからほしい」というファンを増やしていきたいですね。

 

 家ごとに橋がかかる上丹生の風景。一帯は古くから清らかな水に恵まれ、水にまつわる伝承が残る。。

 

若手デザイナーとのコラボ作品や地域と連携した体験サービスなど、かけあわせていく取り組みも多いですね。

 


業種を問わずさまざまな人と出会い交流することを大切にしています。木彫と同様に閉塞しがちな伝統工芸の世界でも活躍されている方がいる。その取り組みや思いを知ることが刺激になり、それが自らを鼓舞することや新しい発想のタネになります。上丹生の工房にいて木を彫っているだけでは気づかない、多様な価値観や視点を吸収したいと常々行動しています。
今後めざすのは、ものづくりのまち、米原市。市内にはさまざまな作家さんがいらっしゃいます。点在する皆さんを、上丹生を起点に線でつなげていくことができれば。まちづくりに熱心な地元の仲間たちと可能性を探っているところです。

 

プロ仕様の彫刻刀に驚き。気軽に木彫体験上丹生の木彫職人らが、木彫り体験や工房見学ができるサービスを運営。現地ならではの雰囲気を味わいつつ、職人さんから直接指導を受けられます。

 

 

■ PROFILE

 

井尻一茂(いじり かずしげ)さん

井尻彫刻所 3代目・彦根仏壇(彫刻部門)伝統工芸士

 

1971年生まれ。滋賀県の伝統的工芸品「上丹生木彫」の技を駆使した表札や看板、ペット仏壇や若手デザイナーとコラボしたアクセサリーなどを展開。インバウンドにも対応した彫刻体験など、現代と調和する伝統工芸を推進している。

 

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撮影・山崎 純敬 / SHIGAgrapher

執筆・矢島 絢子