滋賀をむすぶ

クリエイターが巡った滋賀をむすぶ旅。
これからの滋賀の魅力がたくさんあります。

フードディレクター野村友里が、むすぶ滋賀の「食」 —発酵食を訪ねて

各地の風土から生まれる食と生産者、そして食べる人々をつなぐプロジェクト「eatrip」のディレクター野村友里さんが、「発酵」をテーマに個性的な生産者のもとを訪ねました。山と湖がある豊かな土壌で育まれる滋賀県ならではの発酵食の秘密に迫ります。 野村友里プロフィール 長年おもてなし教室を開いていた母の影響で料理の道へ。母からゆずり受けた、日本の四季折々を表す料理やしつらえ、客人をもてなす心、をベースに食を通じて様々な角度から人や場所、ものを繋げ、広げている。主な活動として、レセプションパーティなどのケータリングフードの演出や、雑誌の連載、ラジオ番組等。それらを通して食の可能性を多岐に渡って表現し、その愉しさを伝える。2011年には、「シェ・パニース」のシェフたちとともに、「生産者」「料理人」「消費者」をつなぐ参加型の食とアートのイベント“OPEN harvest”を開催。その経験を経て日本のシェフたちとともに、その土地土地の風土や文化を、食を通じて身体に取り込んでいくことをコンセプトに“nomadic kitchen”プロジェクトを始めた。2012年東京原宿にて、豊かな緑と光と風に恵まれた「restauranteatrip」をオープン。生産者、野生、旬を尊重し、料理を通じて今後も食のもつ力、豊かさ、美味しさを伝えられたら、と活動を続ける。初の監督作品となる食のドキュメンタリー映画『eatrip』は2009年公開、現在はDVD化され販売中。著書に『eatlip gift』(マガジンハウス)がある。 tumblr_nlt4x4Fgd51u31bh4o1_1280[1]

「発酵は、戦い」冨田酒造(長浜市木之本町)

「僕が挑戦すると応えてくれる。お酒は“相棒”です」とは、冨田酒造の15代目冨田泰伸さん。滋賀県全域で約50ある蔵元の中でも、創業470年の「超」老舗を背負う新世代の杜氏だ。この日は、昨年秋から仕込みをはじめた60本の樽のうち、59本目を絞り終えたところ。「“蔵付き酵母”という、蔵に住む酵母菌が降ってくるのを待って、時間をかけて麹を作り、そこに蒸した米と水を加えて酒母を作り仕込んだものです」。この酒母に蒸した米と水を加える作業を三回繰り返し、熟成させる。できたもろみを3日間かけて、(ふね)でじっくりと圧搾して酒を搾るのだが、このときできるのが酒粕。「食べて下さい」と、冨田さんが手に乗せてくれた。口にすると、ふくよかな甘みが漂う。それでいて、どっしりと風格すら感じる。 tumblr_nlt4x4Fgd51u31bh4o2_1280[1] 野村さんとのぞきこんだ樽は、最初の仕込みが終わったもの。音をたてんばかりの勢いで、もろみが泡を吹いて発酵している。「3週間ほど発酵させますが、このときに弱いと、最後の一週間でへたりよるんです。一度頭を打つともうダメだから温めてやることもある。逆に発酵が進みすぎてもダメ。米の糖分をアルコールに変える酵母が動きやすい環境をつくってやるんです」。「手間がかかるんだね」と野村さん、驚嘆の様子。 tumblr_nlt4x4Fgd51u31bh4o3_1280[1] 冨田さんの酒づくりは、すべてが挑戦の連続だ。世界各地の酒づくりの現場を訪ねて、「滋賀でしかできない地酒づくりを」と志す。使用する原料も地元の米。しかも「酒米なんて作ったことなかった」という有機や減農薬にこだわる若手たちとタッグを組む。その心は?「三十年先も米を作ってもらえるでしょ」。まさに未来を見据えた酒づくりだ。「出どころは狭く、出先は広く世界へ。そのほうが面白いでしょう」。冨田さんと、酵母菌の戦いは今日も続いている。

「発酵は、静謐」淡海酢(高島市勝野)  

次に訪ねたのは滋賀県で唯一、酢の蔵元「淡海酢」。お酢のはじまりは、実はちょっとした逸話がある。「江戸時代は木桶で酒を作っていたために雑菌が入って失敗することもあったそうです。その酸敗のお米からお酢ができたんですよ」と教えてくれたのは「淡海酢」の福井順一さん。 創業当初は醤油造りを営んでいたが、分家してから酢づくり一本。三代目の福井さんが お酢の旨さを追究すべくたどり着いたのが看板商品「淡海昔玄米」。地元産の無農薬米で麹からつくり、酢酸菌を植え付けて発酵させる。江戸期から福井家に伝わる古文書を開き、もろみの調合割り合いまで 忠実に再現した。 市場に大量に流通するお酢は、タンクの中をプロペラで撹拌する「通気法」で一日で作られるものが多いが、淡海酢は「静置発酵」で、樽の中で材料をじっくり発酵をさせている。表面の酢酸膜で揮発酸をじっと閉じ込めて時間をかけるため、まろやかな旨味成分に変わる。 tumblr_nlt4x4Fgd51u31bh4o4_1280[1] 「じっと酢酸菌が働くのを待ちます」と福井さん。とはいえ、ただ手をこまねいているのではない。酢酸菌とひとくちに言っても20〜30の菌がある。酢の発酵に欠かせない酢酸を生成する良い菌もあれば、できた酢を分解してしまう菌もある。酢の生成の過程で活躍する菌が異なるから、菌にとって心地よい環境を作るのが、福井さんの役目。発酵が終わったら熟成。最低でも一年は寝かせる。こうしてじっくりと時間をかけてできる琥珀色のまろやかな酢を、テイスティングした。 tumblr_nlt4x4Fgd51u31bh4o5_1280[1] 酸味の中から麹の甘みが立ち上がる。 「米酢そのものを味わう機会って少ない。それだとお酢の魅力が伝わりにくい。うちでは飲めるお酢も作ってるんです」。高島市・安曇川産のアドベリーのビネガーや、高島産いちごを使ったフルーツビネガー、柿を使ったお酢など、おいしいお酢をめぐる探究はまだまだやむことを知らない。  

「発酵は、神秘的」魚治(高島市海津)

 酒、味噌、醤油、酢。数ある発酵食の中でも、鮒寿しをのぞいて滋賀県の発酵食品は語れない。続いて私たちが訪れたのは創業1784年、鮒寿しの名店「魚治」。店主左嵜謙祐さんの手にかかれば、鮒寿しは皿の上で泳ぐように見えるから不思議だ。左嵜さんが鮒寿しをまな板の上に乗せた。まるでヴァイオリンを弾く様にあざやかに包丁が動く。うっとり見とれていると、あっと言う間に、薄く切られた鮒寿しは皿の上で青海波もようを描いた。 tumblr_nlt4x4Fgd51u31bh4o6_1280[1] 口に入れてびっくり。爽やかな酸味とほどよい塩加減。チーズのようで食べやすい。飲みこむと、さっきまでの疲れはどこへやら。お腹の底が温かくなって、みるみる元気が湧いてきた。「この酸味はいろんな料理に活かせる!」と野村さんも絶賛。 tumblr_nlt4x4Fgd51u31bh4o7_1280[1] 鮒寿しの素材はシンプルだ。塩と米そして世界でも有数の古代湖、琵琶湖 にだけ生息するニゴロブナを使う。「湖魚は海魚のようには仕留めないんです。 “生(せい)”を頂くような感じです」と左嵜さん。鮒寿しの仕込みは春に始まる。この日湖で穫れたフナをさばくところから拝見した。 大きなウロコとエラを手際よく取り、まっすぐな針で内蔵と浮き袋を、すっと抜きとる。まるで手品でも見ているような手際の良さ。この時、腹に詰まったすじこ状の卵を壊さないように行うのがポイントだ。次にエラから塩を入れ、卵が飛び出ないように蓋をする。さらに塩と鮒を交互にならべて、重石を乗せて塩漬けする。鮒を骨まで柔らかくするのは乳酸菌の役割りだ。仕込みは、乳酸菌の働きが最も活発な土用の頃に本番を迎える。塩を洗い落とした鮒と炊いた米を交互に漬けて、水を張り発酵を促す。 tumblr_nlt4x4Fgd51u31bh4o8_1280[1] ここからが正念場。向こう2年にもわたって、「守(も)り」と呼ばれる作業が待っている。「夏場は毎日水を変えます。冬もその日の温度で開ける窓の方向を変えたり」と、季節を通して休むことのない菌との対話がはじまる。 「うちの家宝です」。「守り」を行う作業場で、ふと天井を見上げて左嵜さんが言う。見ると、たしかに樽の真上を中心に、天井が変色している。それは鮒寿しの発酵に欠かせない乳酸菌なのだ、という。「鮒寿しを作っているのは、私じゃなくて、乳酸菌です」。この菌を守るため普段はこの部屋には左嵜さんしか入れない。斜いた太陽が射してきて、私たちを静かに照らしていた。 野村さんは静かに言った。「すごく神秘的ですね。料理ってシェフがこうしよう、ああしようって、いくらでもいじれる。けれど、そうすると原点からどんどん離れていく気がしていて。こういうふうに変化をじっと待つのって、究極だと思う」。

発酵の答えを探して 

この日の締めくくりに、滋賀県の生産者たちとの交流会がもたれた。参加したのは、みたて農園の立見茂さん立見真実さんご夫妻、小林ファームの小林めぐみさん、NPO法人百菜劇場の廣部里美さん、近江牛の味噌漬けでおなじみ、カネ吉山本の内山実さん、交流会の会場となったひさご寿司の川西豪志さん、そして冨田酒造の冨田泰伸さん。 みんな自慢の逸品を持ち寄ってくれた。 tumblr_nlt4x4Fgd51u31bh4o9_1280[1] どんな風土で、どんな思いで生産者が農作物を育てているのか。その全てを皿をキャンバスに表現するのが仕事の野村さん。ていねいに一人ひとりの声に耳を傾ける。とりわけ気になったのは、NPO法人百菜劇場の廣部さんの話しだ。 「私が借りている農地の一角には、近江八幡の地場産業である八幡瓦の土を採取したため、地面が低く水はけが悪い土地があるのです。そこは機械も入れられないくらいの小さな面積なので、何を植えるのか困って。試しに蓮根を植えたんですよ。そしたら掘るのがあまりに大変すぎて、自分たちではできない!と」。 そこで廣部さんらは、蓮根堀りを体験農業のイベントとして実施することにした。それを聞いた野村さん「ぜひやってみたい」と、翌日廣部さんの畑にお邪魔した。畑は近江八幡市にある内湖、西の湖のそば、北之庄沢のほとりにある。葦が取り囲む沢は、水路でびわ湖とつながっている。 「私はいつも、加工品や料理の素材がどこから来るのかが気になって、各地の生産者さんに会いに行きますけど。こうして海でもなく、川でもない湖のそばで田んぼを作るのって滋賀県ぐらいですよね、きっと。この環境そのものが滋賀県の良さじゃないですか」。 tumblr_nlt4x4Fgd51u31bh4o10_1280[1] 湖は川と、川は田んぼとつながっている。そういえば魚治の左嵜さんも、鮒鮓の原料のフナは、かつては湖から川を伝って田んぼで産卵していたことを教えてくれた。滋賀県をめぐる発酵食の旅。その秘密をひも解いていくと、私たちは琵琶湖にたどり着いていた。 この日出会った食材、加工品、発酵食をもとに、野村さんが新たなオリジナル料理を考案します。滋賀ならではの食を、どんなひと皿に仕上げるのか?本ウェブサイトでレポートを掲載します。乞うご期待! (文章=ヘメンディンガー綾/写真=成田舞) Research No.016 長浜市 / みたて農園 米 Research No.017 長浜市 / みたて農園 酒米 Research No.018 長浜市 / みたて農園 炒り大豆のグラノーラ Research No.019 近江八幡市 / NPO法人百歳劇場 蓮根 Research No.020 近江八幡市 / カネ吉山本 近江牛肉の味噌漬け Research No.021 長浜市 / 冨田酒造 七本槍 Research No.022 長浜市 / 冨田酒造 酒粕 Research No.023 近江八幡市 / 小林ファーム 苺 紅ほっぺ Research No.024 高島市 / 魚治 ニコロブナの鮒寿司 Research No.025 高島市 / 淡海酢 淡海酢 Research No.026 高島市 / 淡海酢 フルーツビネガー Research No.027 近江八幡市 / ひさご寿司

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