滋賀をむすぶ

クリエイターが巡った滋賀をむすぶ旅。
これからの滋賀の魅力がたくさんあります。

ナガオカケンメイ×服部滋樹 湖国のものづくりを巡る旅(第4回神保真珠商店)

11074476_324297701112658_1099675493827063874_n 日本の各都道府県のロングライフデザインを集めた「D&DEPARTMENT」代表のナガオカケンメイさんと、MUSUBU SHIGAブランディングディレクターの服部滋樹さんが、滋賀の“良いデザイン“を探しに、地域に根づいたものづくりの現場を訪ねました。そのレポートを4回にわたってお届けします。 ナガオカケンメイ プロフィール 1965年、北海道出身。D&DEPARTMENT PROJECT代表取締役会長。日本デザインセンターを経て、2000年、東京・奥沢で消費のあり方を再考すべく、デザインとリサイクルを統合した『D&DEPARTMENT』をスタート。暮らしに長く寄り添うロングライフデザインを提唱し、47都道府県の伝統工芸や、地場産業を見直す「NIPPON PROJECT」を展開中。

びわ湖の真珠は、湖のおくりもの

さざなみといえば、大津。しらたまといえば、真珠を表す枕詞。かの歌聖柿本人麻呂をして「淡海の海 沈く白玉 知らずして……」と歌に詠ましむるほど、真珠はびわ湖の美しき贈り物。歌にも残るように、古くから天然の真珠がとれていたそうだが、実は淡水真珠の養殖もさかん…。と、噂に聞いたときには「びわ湖で真珠?」と半信半疑だった。 それもそのはず。びわ湖で真珠養殖の研究がはじまったのは、明治43年のこと。昭和5年には淡水貝類のうち日本最大級のイケチョウガイを利用した真珠養殖にめでたく成功。昭和40年代半ばには年間6000kgを越える生産量を誇り、昭和55年頃には最盛期を迎える。 11083683_324297771112651_4955092495125320592_n ところが、その後アオコの大発生と時期を同じくしてイケチョウガイが原因不明の成長不振となり、次第に湖から姿を消すようになってしまった。そして中国産真珠が市場に参入したことで、生産高がぐっと激減。これが決定打となって、いまでは養殖業者も県内に片手で数えるほど。 加えて、これまでインドやヨーロッパなど海外を中心に販売してきたため、国内でびわ湖の真珠が買えるお店はほとんどない。 「びわ湖の真珠なのだから、まずは滋賀で真珠が買えるお店を」と一念発起したのが、神保真珠商店の杉山知子さん。真珠がよく似合う、というよりも真珠そのもののような知的で愛らしい女性だ。祖父の代から真珠を商うこと3代目。先代のお父さんの代までは、滋賀県のお土産物や特産品として取り引きされたり、個人のオーダーを受けて、店舗を持たない真珠店を営んできた。

枯れるほどに、輝く真珠

まるでおとぎ話に出てくるお姫様のように、ひっそりと真珠の物語が紡がれるのは、あまりにも勿体ない。それほどに、びわ湖の真珠は美しくて、魅惑的だ。 10985879_324297787779316_323666183932123460_n 「”枯れる”と私たちは表現するんですが、びわ湖の真珠は時が経つほどに、 不思議と熟成して、色に風合いが増すのです」。清潔さの中に厳かな光沢を まとった、こぼれるような白い真珠たち。30年も前に穫れたヴィンテージのパールを使ったネックレスにピアス、指輪にブローチ。静かな輝きを放つ パールのジュエリーがお行儀よく並んでいる。 そのかたわらで「これが現在のイケチョウガイを使った真珠」と杉山さんが 指さすのは、淡い夕日を映したようなオレンジに、つややかなボルドー色。 光を受けて思い思いに色を変える粒揃いのパールたち。イケチョウガイが絶滅してしまったいまは、改良したイケチョウガイを使った養殖が続いている。 養殖とひと口に言っても、手法はさまざまだ。「ふつう海水パールの養殖には貝殻を加工した『核』を埋め込みます。びわ湖パールでも、核を埋め込む ものもありますが、埋め込まない無核真珠もあるんです」。実は、この無核パールこそが、びわ湖の真珠の真骨頂。 細長や、変形のスクエア型、はたまたびわ湖を泳ぐカイツブリのようなかたちをしたパールなど、見たこともないふぞろいなかたちが個性的な美を発揮している。 貝殻2 「貝の細胞をわざとふたつならべて、双子みたいな真珠もつくれるでんすよ。」と杉山さんが愛しそうに変形パールを見せてくれた。 養殖業者の長年の勘と主義で、様々な形の真珠が穫れるとはいえど、完全に 人間が設計した形にならない、というからニクい。しかも、養殖には時間がかかる。 「養殖で一番大変なのは、母貝を育てることなんです」。貝の飼育で3~4年、それから真珠の養殖に2年から3年。どんな姿に育つのかは、湖のみぞ知る。ひと粒ひと粒ユニークな形をした真珠は、言うならば貝のつぶやき。 はたまた湖が奏でる歌とでも言おうか。 sinnjuuu

待つことは豊かな時間

ゆったりとした時間の中で、眠るように育つ真珠のたおやかさ。それこそ、すべてをお金に置き換えて、スピードばかりを求めるいまの時代に見直したい価値だ。 「お店をやっていると、『いま手に入らなかったら買わない』というお客さんもいると思います。でもいまは待つ時間を豊かに思えるかどうかという時代が来ているんですよね。真珠は、ほとんど自然に委ねている時間があって、そこから出てくるカタチは無理がない。こういうのを美しいと思うんです」とナガオカさん。この無理のないデザインこそ、ナガオカさんがかねてより提唱する ロングライフデザイン10か条の最後にある「デザイン=美しいこと」。「すぐにたくさんできるものじゃない。だからこそ、売り方とデザインのバランスを考えるのがおもしろい」と、服部さんの目にやる気が映り込んだ。どうやら頭の中でデザインと、真珠をめぐるものづくりの妄想が走り出している様子。 「こんなものもあるんです」と、杉山さんがおもむろに取り出したのは、ビーズのように小さなパールをとじこめた砂時計。聞けば、真珠を収穫する際に、大きくなりこそねた真珠を養殖業者さんが集めたものだそう。「もったいないから」と丁寧に収穫したら結構な数になった。そこで特別にガラスをあつらえて、真珠時計を作ったのだそう。 考える 「ガラスと組合わさっただけで、何か別のものに見えるよね」「真珠をよく見せるデザインじゃなくて、真珠と並べたときに引き立つ異素材と真珠を組み合わせたらどう?」と、突如デザインの発想がむくむく湧き出るナガオカさんと、服部さん。 「普段からジュエリーを好んで買う方はもちろん、そうじゃない方にも手に取って頂きたいんです」。びわ湖パールはツウ好み、だと杉山さんは踏んでいる。 これから手掛けたいのは、まさにこうしたニッチな買い手と作り手を繋ぐビジネスの仕組みだ。ここ数十年間、淡水パールは養殖の技術が中国にひろまってから、価格競争をしいられてきた。そうなると、一番困るのは養殖業者だ。「価格は高過ぎてもダメ、かといって安過ぎてもダメ」。地元の養殖業者をさらに圧迫する構図が続けば、ただでさえ養殖業者の後継者問題もあいまって、せっかくの技術が途絶えてしまう。 びわ湖真珠をとりまく物語は、美しいだけでは語られない。だからこそ、杉山さんが目指しているのは養殖業者も養殖がきちんと持続できる仕事の在り方だ。 「どこの養殖業者さんの何年もののパール、という具合に、出先と年代でパールを管理して売ろうと思うんです」。 「ボジョレー・ヌーヴォみたいでいいね」とナガオカさん。さらに言葉を続けた。「色んな事情があると思いますが、ポジティブに捉えるといまは顔が見える人だけに販売していくということが、可能な時代になりましたよね。滋賀でしか手に入らないことの特別さを考えて、商品を作ってほしいと思います。東京にあるようなものなら、東京に行って買えばいいんだから。東京で滋賀のものを買えても、そんなに嬉しくないっていう時代になっていると思うんです」。 四人こっち向き 滋賀でしか成立しないデザインって何だろう?なぞなぞのような、でも意義深いナガオカさんの意見が出たが、杉山さんには既に目指すべき方向が見えているようだ。 「父がこの仕事を引退するときに、集めていた真珠のコレクションを『湖に還す』と言ったんです」。見ると、ケースの中にはコイン大のユニークなパールがお行儀よくならんでいる。ひとつずつ出会いの思い出を秘めた大粒の真珠たち。 甲斐開会 「湖に沈めるくらいなら、せめて顔が見える人に、と思ったのがお店を構えたきっかけなんです」と杉山さん。 隣にいたお父さんが、やわらかく微笑んでいる。美しいものを扱う人は、心が美しくなるのか。それとも、心根が美しいから、湖の神様が特別な真珠と引き合わせてくれるのか。 きっと大きな湖を毎日見ながら長年真珠を商ううちに、お父さんは心の中にきらきら輝く“何か”を集めたのだろう。それは多分、自然に対して無心で謙虚な心。 「真珠を通して美しいびわ湖を残していきたいんです」。杉山さんが受け継いだのは、どうやら真珠だけではない。凛とした横顔に、耳元で白く小さな真珠がちらちらと輝いている。 産業のルーツは地形だ、とナガオカさんは言う。びわ湖真珠は、まさに琵琶湖でしか採れない特別な資源。とはいえ湖だけに注目するのは、違うようだ。 「琵琶湖は確かに滋賀県の最大の個性ですが、ある意味では“結果”なんですよ。どういうことかと言うと、これだけの湖を形作る地形的な要因があるはずなんです。たとえば森が豊かだったり、そこから流れ出る川の水が豊かだったり。それこそが最大の財産かな」。 まさに、と服部さんも言葉を受けた。「滋賀県でしか採れない材料で、ものをつくる人がたくさんいることって、あるようでないんですよね。滋賀には、他にも森を守ろうとする若手の林業家や、淡水漁業を営む若手の漁師もいる。こういう人も財産だと思うんです。」 「本当のものづくりはまだまだこれから始まる」と謎めいた予言をした服部さん。湖と、陸と、人々と。そのすべてを結ぶ旅は、まだまだ続く。 (終わり) (文章=ヘメンディンガー綾/写真=成田舞) 「ナガオカケンメイ×服部滋樹 湖国のものづくりを巡る旅」。いかがでしたか?滋賀県のものづくりを訪ねる旅は、まだまだ続きます。次回は、D&DEPARTMENT PROJECT代表取締役の相馬夕輝さんをゲストリサーチャーに迎え、滋賀の良いデザインの現場を訪ねます。

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