2022年8月24日(水)公開
「芝田清次は警察や大津市役所の観光課に勤めた後、叶 匠壽庵を創業しました。“滋賀に来るお客さんは、お土産を京都で買われていくことが多い。それをなんとか変えたい、そのために滋賀でおいしいお菓子を作りたい”という想いを持っており、私たちは、琵琶湖の景色を演出したお菓子や、名所旧跡をネーミングにしたお菓子など、滋賀らしさを打ち出した様々なお菓子を販売してきました」。(岩岡さん)
「『滋賀を、近江を世の中に打ち出すんや。お菓子を一つの媒体として知ってもらうんや』と言っていましたね」。(山川さん)
琵琶湖から唯一流れ出る瀬田川のほとりにある「寿長生の郷」。滋賀県大津市にある叶 匠壽庵の本社です。広さ63,000坪の敷地には、工場や売り場、茶室があるほか、和菓子に使われる梅や柚子が栽培されており、「菓子作りの原点は農業から」「職人は農作物を育てる自然と人への感謝を忘れてはいけない」という創業者の思いを継承しています。
「和菓子の原料は農産物。農業を第一次と言うならば、我々はそれを作る第二次、販売する第三次を担っています。私たちが作るお菓子は、原料をとても大切にしています。いいものを育ててもらっているから、いいお菓子ができるということは、徹底して頭の中に入っています」。(山川さん)
また、岩岡さんは生産者を尊敬し、感謝しながらお菓子を作る中で、職人として滋賀県の農産物の品質の高さに誇りを感じているそう。
「甲賀の羽二重糯米や伊吹のよもぎ。滋賀県の農産物は素晴らしく、ずっと使い続けています。お菓子によって産地や小豆の種類は使い分けていますが、滋賀県産のものは信頼を寄せる長浜市内の契約農家で栽培していただいております。他の産地にも負けないおいしさですよ」。(岩岡さん)
お二人に、質の高い素材を生かした菓子作りを行う職人としての信念を伺うと、意外な答えが返ってきました。
「何もしないのが一番」。(山川さん)
「和菓子を作ることは、おいしいものを一つの形に残すことです。香りのよい梅をどうやって一つのお菓子として残していくか、そのものをいかに生かすかを考えてきました。工程が増えれば増えるほど、味が雑になっていくように思います」。(岩岡さん)
加える人の手はシンプルに徹すること——。素材を重んじる叶 匠壽庵のスピリッツがここにも表れています。
広大な敷地の中に本社と工場を構え、山や川に囲まれた環境での菓子作りは、素材を敬う気持ちを育むだけでなく、職人たちの創作活動にも良い影響を与えているとか。
「和菓子は見た目の美しさも味のうち。琵琶湖に加え、比良山地、鈴鹿山脈と山に囲まれた自然豊かな土地柄は、職人の美意識が自ずと磨かれていく面もあります。ここにいると、ちょっと迷ったときも、里山に咲く野の花や空の色から答えが見つかります。自分の目で見たものしか具現化できませんから、滋賀の環境は和菓子作りに適していると思います」。(岩岡さん)
里山の景色に溶け込む寿長生の郷が開設されたのは昭和60年(1985年)。当時からすでに、今でいうSDGsに関する取組が行われていたそうです。総務人事部秘書広報課課長の池田典子さんが教えてくださいました。
「こし餡を作る際に出た小豆の皮を堆肥にする作業は、寿長生の郷ができた当初から行ってきました。持続可能な里山の営みをもっと実現したいと、令和2年(2020年)7月にSDGs宣言をして、何ができるのか、改めて考えています」。
その動きの中で実施されたのが、水羊羹の容器の変更です。以前は竹をモチーフにしたプラスチック容器で、積み重ねて収納できない形だったとのこと。
「形と素材を変えて、プラスチック量を82%削減。重ねられるようになって輸送量も以前の1/10ほどに減少しました。新しい容器には、日本で古くから大切にされてきた麻の葉模様をデザインしました。そういった文化も大切にしています」。
今も昔も、素材を育む自然環境に配慮し、和菓子をとおして滋賀の魅力を発信し続けている叶 匠壽庵。最後に、読者の皆様へメッセージをいただきました。
「和菓子を食べただけでは、里山の環境は伝わらないかもしれませんが、ぜひ、寿長生の郷にもお越しいただいて、喧騒(けんそう)を離れて、静かに和菓子を召し上がっていただけたらと思います」。