2025年2月13日(木)公開
16世紀後半、大阪・堺に渡来した明(みん・中国の王朝)の職工が伝えたとされるちりめんは、撚り(より)のない経糸(たていと)と強い撚りをかけた緯糸(よこいと)を交差させて織る絹布。近江には、江戸時代中期に西陣または丹後から伝わったと言われています。長浜で織る「ちりめん」であることからその名で呼ばれるようになった浜ちりめんを代々織り続ける「南久(なんきゅう)ちりめん」の5代目社長・長谷健次(はせ・けんじ)さんに、歴史や今後の展望について伺いました。
繊維の女王とも言われる絹織物は、通気性や吸湿性、放湿性に優れている。生地の表面にシボを作ることで優しい手ざわりに。
ちりめん織の技術を長浜に伝えたのは、東浅井郡大郷村(ひがしあざいぐんおおざとむら・現滋賀県長浜市)の中村林助(なかむら・りんすけ)と乾庄九郎(いぬい・しょうくろう)でした。
「当時、長浜では養蚕が盛んで、良質な生糸も生産されていました。ただ、原料を生産するだけでは収入が上がらず、生活も安定しない。そこで、ちりめん織の技術を習得するようになったようです」。(長谷さん)
林助と庄九郎は京都や大阪にも販路を拡げます。ところが、浜ちりめんの品質が良すぎたため、京都の西陣で織られたちりめんと競合する現象が生じてしまいます。
「京都の人々による排斥運動が起こり、浜ちりめんを京都で売らないよう役所に訴え出る騒動に発展してしまいます。困った2人は役所に取りなしを嘆願しましたが聞き入れてくれなかったため、彦根藩に助けを求めます。ちょうど優良な産業を探していた彦根藩が仲裁を引き受けて騒動は収束。京都での販売が再び始まります。その後、藩は2人を織元に任命。厚い保護を受けて浜ちりめんはさらに発展していきました」。(長谷さん)
ポップなデザインのがまぐちミニポーチや名刺入れは「シルクライフジャパン」のサイトで販売中。
長谷さんが社長を務める「南久ちりめん」は、明治10年(1877年)に長谷久次郎(はせ・きゅうじろう)氏が長浜市神照町字南方(かみてるちょうあざみなみかた)で創業。地名と自身の名前の一字をとって「南久」と命名しました。
「浜ちりめんは、生糸から織物になるまで約40の工程と2ヶ月以上の月日がかかります。そのなかで当社が根幹と位置付けているのは撚糸(ねんし)をはじめとする糸作りです」。(長谷さん)
「八丁撚糸(はっちょうねんし)」と呼ばれる緯糸と経糸を交差させて織り上がった布から、生糸に残る天然成分や汚れを洗い流して風合いを出す「精練(せいれん)」工程を行い、「シボ」と呼ばれる細かな凹凸と美しい光沢を作ります。
「撚糸を作る際には伊吹山に降った雪が約30年かけて湧出する伏流水を使います。一方、精練作業には、全国屈指の軟水である琵琶湖の深層水を使います。手ざわりが良く染色性にも優れた浜ちりめんの生産ができるのはこの2つの水のおかげです」。(長谷さん)
平成22年(2010年)には、「浜縮緬工業協同組合」の有志である「吉正織物工場」の代表取締役・吉田和生(よしだ・かずお)さんと、コラボレーションカンパニー「シルクライフジャパン」を設立。背景にあったのは、浜ちりめんを内外にアピールするアクセスポイントを作りたいとの思いです。
「その活動を通して従来の和装分野に留まらない新技術・新製品の開発を行い、歴史的文化資源でもある浜ちりめんの普及を進めています」。(長谷さん)
伝統的な京友禅柄をアレンジした、日本の伝統美とモダンアートをシンクロさせたオリジナル柄をプリントした「がまぐちミニポーチ」や「名刺入れ」なども製造しています。
上/特別に織り上げたメッシュ状の浜ちりめんなど、3種類のシルク生地をミルフィーユ状に重ねるフェイスパフは「南久ちりめん」サイトでも販売。濡らすと左のように縮んでシボが生まれる。 下/試作中のトートバッグ。
「精練前のちりめんは美容分野からの注目も集めていて、自社製造したフェイス用パフが令和4年(2022年)9月に開かれた「第8回ジャパンメイド・ビューティーアワード」の優秀賞を受賞しました。八丁撚糸が布に収縮を生じさせてできる細かなシボが、お肌の汚れや角質をすっきり洗い流してくれること。絹に含まれるタンパク質セリシンが美肌効果を生むことが評価されました」。(長谷さん)。
長年にわたって培ってきた技術を絹以外の天然繊維に応用する取り組みも始まっています。
「浜ちりめんの最も特徴的な“水より撚糸”という織物にシボを出す技法があります。その技法を活かした立体感のある綿布でトートバッグやデニムジャケットを作る計画です」。(長谷さん)
「幼い頃から懸命に働く父の姿を見てきたので、中学生の頃から将来は跡を継ぐんだろうなと思っていました」と話す長谷さん。
一般的に、浜ちりめんは黒留袖や紋付の色無地などに仕立てられることが多いため、フォーマルな着物用の絹織物というイメージが強いようです。
「伝統の技術を守り伝えるのはもちろんのことながら、糸の撚り方に強弱をつけるなどして暑い季節でもサラッと、単衣(ひとえ)ものとして着られる涼やかな浜ちりめんも誕生させました。着物好きの方たちはもちろん、今まであまりご縁がなかった方たちにも浜ちりめんを知って、いろいろなシーンで愛用していただきたい。それが産地の願いです」。(長谷さん)
■住所 滋賀県長浜市神照町544番地
■連絡先 0749-62-0730
シルクライフジャパン
伝統的な浜ちりめんの生産・加工に加え、自社アパレルブランド「2M,38S FUTATSUKI SANJYUHATTE」を展開。
浜ちりめんの新技術「シルクを洗濯機でも洗える技術」であるヤサシルク加工を使用した製品の販売を行っています。
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