江戸時代から続く米作りを受け継いで

2022年11月10日(木)公開

「十代目松治」として夫婦で切り拓く新しい農家のかたち

 

お米の産地として有名な滋賀県。優れた品質と生産量の多さから「近畿の米蔵」とも呼ばれてきました。そんな滋賀県中央部に位置する竜王町は米作りが盛んな地域の一つ。この地で江戸時代から続く農家で、米作りを受け継ぐ宮脇香織さんと夫の達也さんにお話を伺いました。

 

 

「このまま途絶えるのはもったいない」の一心で

 

宮脇香織さん(左)と達也さん(右)。

宮脇香織さんのご実家である西村家は、竜王町で約270年続く農家。2020年、夫の達也さんとともに、代々続いてきた米作りを受け継ごうと「十代目松治」という屋号でお米の生産と販売をスタートしました。

 

「家系図を遡ると、“松治”や“松治郎”という名前の人が何人かいて、地域では“松治さん家”と呼ばれているんです。ですからその名前を付けました。」(香織さん)

 

香織さんの父・松治郎さんが兼業農家としてお米を作り、家族や親戚が手伝ってきました。香織さんも幼いころからその様子を見てきたそう。

 

「昔は、家族総出で田植えしたり、稲刈りしたりしていました。しかし、父が高齢になってきたことを理由に田んぼをやめようかという話が出て、せっかく十代も続いたのにもったいない、続けられないのかなという気持ちがわいてきました。」(香織さん)

 

松治郎さんに指導をうけながら、農作業にいそしむ達也さん。

そんな香織さんを見て、結婚するまでは農作業とは無縁の生活だったという達也さんも「一緒にやろう」と言ってくれたのだそう。

 

「“270年も続いてきた歴史がここで途絶えてしまうのはもったいない”という思いは、僕にもありました。それに、やっぱりおいしいお米が食べたい。その気持ちは香織さんと同じでした。」(達也さん)

 

カメラマンの仕事をしている達也さんは、松治郎さんに教えてもらいながら一緒に農作業をすることに。現在は約2ヘクタール(※)の田んぼで米作りを行っています。

 

※1ヘクタールは100m×100m

 

 

より厳しい基準をクリアした“環境こだわり米”

 

青々と茂る苗。竜王町は「雪の山」「鏡山」という二つの山に囲まれ、これらの山には水の神様である「竜神様」が住むと言われる伝説が。

「竜王の土地は、基本的に低湿地で粘土質なのですが、古代から度々洪水に見舞われており、近くの川から土砂が運ばれてできた砂地でもあります。砂地で水はけが良く、肥料の持ちが良い低湿地であることが、おいしいお米ができる理由の一つなんです。」(香織さん)

 

土壌の良さに加えて、水の美しさも米作りに大きな影響を与えているとか。

 

「竜王は山に囲まれていてきれいな湧き水が豊富です。この山からの湧き水を直接、田んぼに引き入れて米作りに使っています。川や琵琶湖を介さず、山から届く水で作る米は、やはり味や香りが違うと思います。この水や環境を守るため、私たちは田んぼから排出される水や田んぼ周辺の環境には常に気を配り、琵琶湖に悪影響を及ぼすものを使わない米作りを行っています。」(達也さん)

 

十代目松治のお米。甘みがあり、冷めても風味が落ちず、お弁当にしても美味しいと評判。

「琵琶湖は京阪神地域約1450万人の“命の水”。そのため、もともと滋賀県の米作りは厳しい基準で行われています。ですが僕たちはその基準以上に、厳しい基準で米を作ってきました。これは義父がこだわり続けてきたことであり、私たちも引き継いでいきたいです。」(達也さん)

 

「私も子どもが生まれたので、“安心して子どもに食べさせられる米”という想いは強いです。おにぎりをパクパク食べてくれるのを見るとうれしいですね。」(香織さん)

 

 

二人が目指す「農家の努力が報われる社会」

 

十代目松治のホームページを見ると、「農家の明日を考える」という記事が掲載されています。そこには農業の世界に飛び込んだ達也さんが感じた問題意識と、二人が目指すこれからの農家の姿が綴られています。

 

「昔から農業をやっている人には当たり前だったと思うんですが、僕は『えっ、こんな大変なの』と驚いたことはたくさんありました。義父は70歳ですが、近隣の農家のなかでは実は若い方。もっと若い人に入ってもらうには、利益を出す仕組みが必要です。インターネットでの販売もその一つの方法です。利益が少ないと農機具を買うこともできないので、『農機具が壊れたらやめるしかない』、なんて話も聞きます。こだわって作ったお米を適正価格で販売したい。私たちは“農家の努力が報われる社会”を目指しているんです。」(達也さん)

 

香織さんと達也さんが考える農家の明日を叶えるため、十代目松治の米は「縁起の竜王米」というブランド名で自らインターネットで販売するなど、時代のニーズにあわせたPRや販路の開拓も行なっています。

 

“竜は鯉の出世した姿である”と言われることなどから名付けられた「縁起の竜王米」。近くの苗村神社でご祈祷をしてもらってから出荷している。

また、お米を食べる人を増やすことも、二人で取り組むミッションです。
「私たちがテーマに掲げているのが、“おうちでご飯を食べてもらう”こと。お米を食べる機会をもっと増やしたいんです。コロナ禍になってから家で食卓を囲むことも増えたと思います。おいしくて、安全安心なお米で、家族みんなが笑顔で食卓を囲んでほしいと願っています。」(香織さん)

 

江戸時代から土地の恵みを受け継ぎ、真摯に農業に向きあう香織さんと達也さん。環境を守る思い、おいしさに込めた食べる人への思い、そして、次の世代を担う農家や子どもたちに向けた熱く優しい思い。十代目松治のお米には、さまざまな思いが込められています。

 

 

十代目松治
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