涼やかで美しい、室町時代から続く近江上布

2023年2月6日(月)公開

伝統を守りながら、モダンに、心地良く

 

豊富な水資源と東西を結ぶ交通の要所である地の利。好条件を背景に、琵琶湖の東側・湖東地域では室町時代に麻布の生産が始まりました。1977年には国の伝統的工芸品に指定された一方で新たな地域ブランドを誕生させるなど、現代の暮らしにマッチする製品作りも続けています。今回は、後継者育成にも情熱を注ぐ「近江上布伝統産業会館」の田中由美子事務局長に、近江上布の成り立ちや魅力を伺いました。

 

 

日本人の暮らしに寄り添ってきた麻布

 

郡役所だった建物をリノベーションした「近江上布伝統産業会館」の事務局長を務める田中由美子さんは地元出身。「肌ざわりが良く機能的で、使うほどになじんでくる麻の魅力を伝えたい」と話す。

 

「麻は日本人の暮らしに溶け込んできました。なじみがあると思われがちな綿の歴史は意外に浅く、日本で経済的栽培が始まったのは16世紀以降。それまでは、綱や紐などの日用品、仕事着やハレの日のための装いも、布といえば麻だったのです」(田中さん)

 

滋賀県で麻布が織られるようになったのは室町時代。麻の繊維は空気が乾燥していると切れやすいため、湿潤な気候が必須条件です。加えて、仕上げ工程などで大量に必要な清水に事欠かないこと、流通の利便性が高い交通の要所であることなどの好条件を有する愛知郡や神崎郡(現在の愛荘町、東近江市)に生産が集約するようになっていきました。

 

江戸時代には、越後縮(ちぢみ)、奈良晒(さらし) に並ぶ上質な麻布(上布)産地としての地位を確立。集積地であった中山道・高宮宿にちなみ「高宮布」の名が生まれます。これを彦根藩が保護し、将軍家への献上品として用いたことからさらに名声が高まりました。

 

 

手間と時間をかける、伝統の近江上布

 

2014年から始まった後継者育成事業「織り人プロジェクト」 の1期生で、2019年度全国伝統的工芸品公募展の若手奨励賞を受賞した山口礼子さんが地機(じばた)で織っているのは、近江上布の生平(きびら)。現在は主に帯として用いられている。

1977年、伝統的工芸品に指定されたのは近江上布の生平と絣(かすり)。今もすべて手作業で織っています。

 

生平は、生成りの麻糸で織る織物のこと。麻糸は、大麻の茎から取り出した繊維をやわらかくして細かく裂き、結び目を作らずに繋ぐ「手績(てう)み」と呼ばれる技法で生み出されます。

 

「生平を織るのは地機と呼ばれる原始的な機です。高度な技術が必要で、この形状の地機を実際に使っている様子が見られるのは国内では当館だけだと思います」(田中さん)

 

先染めした麻糸を高機(たかはた)で織る絣にも近江で開発された捺染技術が用いられている。麻糸につけられたわずかな印を確認しながら、特有の柄を織り上げていく。

髪の毛のような細さの経糸(たていと)と緯糸(よこいと)で丹念に織り上げていく近江上布の絣はとてもしなやか。さわるとひんやり感じられ、暑い季節でも快適に過ごせることがわかります。

 

 

地域ブランドの「近江の麻」と「近江ちぢみ」

 

「近江上布は国が指定する伝統的工芸品ですから、手作業である分高価なものとなっています。そのため、現代に応じた機械織で伝統を守りながらも新しい技術や高いデザイン性を備えた地域ブランドとして「近江の麻」を誕生させました」(田中さん)

 

「近江の麻」作りに用いられるのは、日本古来の素材でラミーとも呼ばれる苧麻(ちょま)と、明治中期に普及した欧州由来のリネン(亜麻・あま)。いずれも、吸水性の高さや速乾性、やわらかな手ざわりが現代人のニーズに合うことから、洋服、雑貨、寝具など幅広い用途の製品として世の中に出回っています。

 

1944年創業。アパレル、寝具、和装用の麻布を主に生産する「滋賀麻工業株式会社」は、近江ちぢみ生地を使った掛ふとんや敷パッドのパイオニアとしても知られている。「洗える麻わたも当社で開発。特許も取得しました」と3代目社長の山田清和さんは話す。

美しい麻布が量産できるレピア織機が二十数台も並ぶ「滋賀麻工業株式会社」の工場。多彩な色柄の麻織物が織り上げられていく様子は圧巻。

「また、地域には、洗いや糊付けといった仕上げ工程に関してもトップクラスの技術が受け継がれています。特に手もみと呼ばれる縮み加工で仕上げる麻織物は貴重。「近江ちぢみ」と名付けた地域ブランドで、その技術を守り伝えています」(田中さん)

 

「近江ちぢみ」は、“シボ ”と呼ばれる縮みを手もみ加工することで皮膚との接触面積を減らし、夏でもサラッとした感触を保つ麻布。手間がかかるので量産は難しいものの、職人の手の感覚だけで行うため布の特性や用途に合わせた仕上げが可能です。

 

「織り上がった麻布は、一瞬だけ表面をガス火で炙って毛羽を取り除き、湯で湿らせてから、シボトリダイと呼ばれる溝が刻み込まれた木製台の上でシボ加工を行います」と話すのは伝統工芸士の伊谷寿康さん。水洗いにさおほし乾燥、糊付け加工、数々の工程を経て「近江ちぢみ」は完成する。


技術を未来に守り伝えるために

 

シャトル織機で織られた布には両端にミミができるため、端縫いをしなくてもふきんや手ぬぐいなどの製品にすることができる。

「近江の麻」は、染色・織りをほぼ機械で行っています。館内には昭和初期に使われていたシャトル織機が復刻設置されていて、生地を織る様子も見られます。

 

「1日動かしても10~15mしか織れないシャトル織機を使っているところは、滋賀県内でもほとんどないそうですが、ゆっくりだからこそ独特の風合いが生まれます」(シャトル織機担当寺田さん)

 

シャトル織機で織ったふきんや手ぬぐいなどは、「Omi-Jofu」のオリジナルブランド名で館内や公式オンラインショップで販売されています。

 

近江上布伝統産業会館や公式オンラインショップで買える製品の数々。右上から時計回りに、近江上布を使ったバッグ、麻模様の刺繡入りハンカチ、近江ちぢみのハンカチ(チェック)、ヘンプの葉の刺繍入りヘンプハンカチ、シャトル織機で織られたふきん、本麻のタオル(左/ラミー、右/リネン)。
※価格、在庫状況は会館にお問合せください。

「伝統的工芸品の指定要件のひとつに、“一定の地域において、少なくない者が、その製造に携わっていること”があります。その要件を満たし、地域産業として成立させるため、伝統にふれる体験の充実や情報発信、後継者育成にも取り組んでいます」(田中さん)

 

近江上布伝統産業会館
■場所 滋賀県愛知郡愛荘町愛知川32-2
■問合せ 0749-42-3246
■ホームページはこちら

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